古代文明の象徴として知られるエジプトですが、その豊かな歴史の中で多様なスポーツ文化が育まれてきたことはご存知でしょうか。ピラミッドやファラオのイメージが強いエジプトですが、実は現代においても世界レベルで活躍するスポーツ強豪国としての一面を持っています。 この記事では、古代エジプトから受け継がれる伝統的な競技から、国民を熱狂させる現代のプロスポーツ、さらには世界ランキング上位を独占する意外な競技まで、エジプトのスポーツ文化の奥深い魅力を詳しく解説します。

この記事を読んででわかること
- 古代エジプトの壁画にも描かれた伝統スポーツの歴史と文化的背景
- エジプト国民が最も熱狂するサッカーの社会的な影響力と歴史
- エジプトが世界最強国として君臨する「意外な」スポーツとその理由
- 古代から現代まで続くエジプトのスポーツ文化を支える要因
古代から息づくエジプトの伝統スポーツ
エジプトのスポーツ文化は、その文明の黎明期にまで遡ります。ナイル川のほとりで発展した古代エジプトでは、身体能力の向上や軍事訓練、そして娯楽として、様々な競技が行われていました。その一部は形を変え、現代にも受け継がれています。
タフタブ:ユネスコ無形文化遺産にもなった棒術
タフタブ(Tahtib)は、古代エジプト時代に起源を持つとされる伝統的な棒術です。その歴史は古く、当初は軍事訓練の一環として発展したと考えられています。しかし、時代が下るにつれて、単なる戦闘技術ではなく、音楽に合わせて優雅さや技術を競い合う、芸術性の高い文化的パフォーマンスへと進化を遂げました。 対戦形式で行われますが、目的は相手を打ち負かすことではなく、棒さばきの技術やリズム感を披露することにあります。ミズマール(葦の笛)や太鼓などの伝統音楽に合わせて行われるのが特徴で、棒術と音楽、ダンスが一体となった総合芸術としての側面も持ち合わせています。特にエジプト南部の上エジプト地方で盛んに受け継がれており、祭りや結婚式といった祝祭の場で披露されることが多いのが特徴です。その文化的な価値、社会的な結束を強める役割が認められ、2016年にはユネスコの無形文化遺産に登録されました。
エジプト式レスリング:壁画に残る古代の格闘技
エジプトにおけるレスリングの歴史は非常に古く、紀元前3000年頃の遺跡からもその痕跡が発見されています。特に有名なのが、中王国時代(紀元前2000年頃)のベニ・ハサンの墓に残された壁画群です。ここには、実に400以上ものレスリングのポーズやテクニックが、驚くほど詳細に、かつ連続的に描かれています。これは、古代エジプトでレスリングがいかに体系化され、人気のあったスポーツであったかを物語る貴重な資料です。 当時のレスリングは、現代のグレコローマンスタイルやフリースタイルレスリングの原型とも言われ、相手を地面に倒すことを目的としていました。古代においては軍事訓練の重要な要素であったと同時に、葬祭儀礼や宗教的な祭典の一部として、神々への奉納や名誉をかけて行われる競技でもあったと考えられています。その伝統は現代にも受け継がれ、特に農村部を中心に伝統的な格闘技として親しまれています。
センネトとナイル川水泳:生活に根付いた文化
センネト(Senet)は、古代エジプトで最も広く親しまれていたボードゲームの一つです。その起源は紀元前3100年頃の第一王朝時代にまで遡るとされ、ツタンカーメン王の墓をはじめとする多くの遺跡から、豪華な装飾が施されたゲーム盤が発見されています。 センネトは「通過する」という意味を持ち、2人用のすごろくのようなゲームであったと考えられています。プレイヤーは駒を動かし、先に全ての駒を盤上から上がらせることを目指します。当初は娯楽として楽しまれていましたが、新王国時代(紀元前1550年頃~)には、死後の世界(来世)への旅を象徴する、強い宗教的・精神的な意味合いを持つゲームへと変化していきました。ゲームの進行は、現代のサイコロの代わりに「投げ棒」を使い、出た目によって駒を進めます。単なる運だけでなく、相手の駒の進路を妨害するなどの戦略性も求められる知的スポーツでした。 また、エジプトの文明を育んだナイル川は、古代から水泳の場でもありました。ナイル川での水泳は、単なる娯楽やスポーツというだけでなく、生活に必要な技術(漁業や移動)であり、時には宗教的な儀式とも結びついていました。古代エジプト人はナイル川の氾濫を「ワファ・エル・ニール(ナイルの満水)」として祝い、この時期にはナイルの恵みに感謝し、水泳競争が行われることもあったと伝えられています。ナイル川の氾濫がもたらす肥沃な土壌こそがエジプト文明の礎であり、水泳はナイルと共に生きるエジプト人にとって不可欠なスキルでした。
エジプト全土を熱狂させる現代スポーツ
古代からの伝統を受け継ぐ一方で、現代のエジプトではグローバルなスポーツが国民的な人気を博しています。特にサッカーは、単なるスポーツの枠を超え、社会や文化に大きな影響を与える存在となっています。
サッカー:国民的スポーツとしての地位と歴史
現代エジプトにおいて、最も人気のあるスポーツは間違いなくサッカー(フットボール)です。その熱狂ぶりは凄まじく、国民の生活に深く根付いています。エジプトサッカー連盟は1921年に設立されており、これはアフリカ大陸で最も古いサッカー連盟の一つです。この長い歴史は、エジプトがアフリカのサッカー界を牽引する存在であることを示しています。1957年にアフリカサッカー連盟(CAF)が設立された際も、エジプトはスーダン、エチオピア、南アフリカ(後にアパルトヘイトにより除名)と共に原加盟国となり、初代CAF本部はカイロに置かれるなど、中心的な役割を担いました。 サッカーはエジプト社会において重要な役割を担ってきました。2011年に起こった「アラブの春」と呼ばれる民主化運動の際には、組織化されたサッカーファン(ウルトラス)がデモにおいて重要な役割を果たしたことも知られています。一方で、2012年にはポートサイドのスタジアムで試合後に大規模な暴動が発生し、多くの死傷者を出す「ポートサイドの悲劇」が起こりました。この事件はエジプト社会に深刻な衝撃を与え、国内リーグが長期間中断するなど、スポーツが時に社会的な対立や混乱と表裏一体であることを示しました。
カイロダービーと「ファラオ」の活躍
エジプトのサッカー人気を象徴するのが、国内リーグの存在です。特に、カイロを本拠地とする二大クラブ、アル・アハリSCとザマレクSCの対戦は「カイロダービー」と呼ばれ、世界で最も熱狂的で激しいダービーマッチの一つとして世界中に知られています。この試合当日は、カイロのみならずエジプト全土の注目が集まり、時に家族や友人間でも応援するチームが分かれて激しい議論が交わされるほど、国民的な行事となっています。中でもアル・アハリSCは、CAFチャンピオンズリーグで複数回の優勝を誇るアフリカ屈指の強豪クラブです。 また、エジプト代表チームは「ファラオ」の愛称で親しまれ、国際舞台でも輝かしい成績を残しています。アフリカネイションズカップでは、大会史上最多となる7度の優勝を誇り、アフリカのサッカーシーンを牽引する存在です。近年では、モハメド・サラー選手のようにヨーロッパのトップリーグで活躍するスター選手も登場し、彼は単なるアスリートを超え、国民的な英雄、そして希望の象徴として多くのエジプト国民から絶大な支持を集めています。
ハンドボール:アフリカ最強国の実力
サッカーに次いで人気を集めているのがハンドボールです。エジプトはアフリカにおけるハンドボール強国として確固たる地位を築いています。エジプト男子ハンドボール代表チームは、アフリカ選手権で何度も優勝を重ねており、世界選手権やオリンピックといった国際的な大舞台の常連国でもあります。 特に2019年に開催された世界選手権では、アフリカのチームとして過去最高となる8位入賞という快挙を成し遂げました。この成功は一過性のものではなく、2021年の東京オリンピックでは準決勝に進出し、最終的に4位入賞というアフリカ勢初の歴史的快挙を達成しました。この強さの背景には、ユース世代の育成成功があり、2019年には世界ユース選手権で優勝するなど、若手選手が着実に育っていることが、A代表の継続的な活躍に繋がっています。エジプトのハンドボールは、スピードと高度な技術を融合させたプレースタイルが特徴で、その魅力的な試合展開が国内の多くの若者を惹きつけています。
世界の頂点に立つエジプトのアスリートたち
エジプトのスポーツシーンは、国内の人気スポーツだけに留まりません。一部の競技では、世界ランキングの上位をエジプト人選手が独占するという、驚くべき現象が起きています。
スカッシュ:世界ランキングを席巻する「意外な」強豪国
多くの人にとって意外かもしれませんが、エジプトはスカッシュの世界最強国として知られています。男女ともに世界トップレベルの選手を数多く輩出しており、特に2010年代以降、その強さは圧倒的です。世界ランキングのトップ10の多くをエジプト人選手が占めることも珍しくありません。 この強さの背景には、いくつかの要因があります。まず、カイロの「ゲジーラ・クラブ」や「ヘリオポリス・クラブ」といった、歴史ある名門スポーツクラブに高品質なスカッシュコートが整備されており、幼少期からエリート教育を受ける環境が整っていることが挙げられます。また、ギザのピラミッド前で世界的なスカッシュ大会(アル・アハラム・オープンなど)が開催されることも、この競技の国内でのステータスを高め、多くの才能ある若者たちを惹きつける要因となっています。家族ぐるみでスカッシュに取り組み、兄弟姉妹で世界ランカーになるケースも多く、国を挙げた手厚い支援体制と国内の熾烈な競争が、世界レベルの選手を次々と生み出しています。
レスリングとボクシング:古代から受け継がれる格闘技の魂
古代エジプトの壁画にも描かれていたレスリングの伝統は、現代のオリンピックスポーツとしても脈々と受け継がれています。エジプトはレスリング競技において、過去のオリンピックで複数のメダルを獲得しており、格闘技は依然としてエジプトの得意分野の一つです。特に2004年のアテネオリンピックでは、レスリング・グレコローマンスタイルのカラム・ガベル選手が金メダルを獲得し、国民的英雄となりました。 レスリングと同様に、ボクシングもエジプトで人気のあるスポーツです。カイロやアレクサンドリアといった大都市には多くのボクシングジムが存在し、多くの若者がトレーニングに励んでいます。これらの格闘技は、単に身体能力を競うだけでなく、厳しい訓練を通じて精神力や規律を養うものとして、エジプト社会で高く評価されています。また、一部の若者にとっては、スポーツを通じて成功を収め、自身の境遇から抜け出すための重要な手段ともなっています。
エジプトスポーツの強さの背景
エジプトのスポーツ文化がこれほどまでに多様で、かつ強力である背景には、いくつかの要因が考えられます。一つは、ナイル川の恵みを受けた肥沃な大地で培われてきた国民の身体能力の高さです。もう一つは、古代文明の栄華を築いた国としての誇りが、現代のアスリートたちの精神的な支柱となっていることです。 さらに現代においては、国家によるスポーツ振興策や、ヨーロッパのトップリーグで活躍するサッカー選手(モハメド・サラーなど)の存在が、国内の若者にとって強力なロールモデルとなっている点も挙げられます。古代の伝統と現代のグローバルなスポーツ文化、そして国民の情熱が融合し、エジプト独自の強力なスポーツシーンを形成しているのです。
エジプトのスポーツ:古代から現代まで(まとめ)
- タフタブは古代エジプト起源の棒術で、軍事訓練から音楽と一体化した文化的パフォーマンスへと進化した。
- タフタブは2016年にユネスコ無形文化遺産に登録され、主に上エジプト地方で継承されている。
- エジプト式レスリングは紀元前3000年頃には存在し、ベニ・ハサンの墓の壁画に400以上のポーズが描かれている。
- 古代のレスリングは軍事訓練であり、同時に宗教的な祭典の一部でもあった。
- センネトは古代エジプトで最も有名なボードゲームで、紀元前3100年頃に起源を持つ。
- センネトは当初娯楽だったが、後に死後の世界への旅を象徴する宗教的な意味合いを持つゲームへと変化した。
- ナイル川での水泳は古代エジプトにおいて生活の知恵であり、「ワファ・エル・ニール」の祭りで競争も行われた。
- 現代エジプトで最も人気のあるスポーツはサッカーである。
- エジプトサッカー連盟は1921年設立のアフリカ最古の連盟の一つで、CAF設立の中心も担った。
- エジプト代表「ファラオ」は、アフリカネイションズカップで最多7度の優勝を誇る。
- 国内リーグでは、アル・アハリSCとザマレクSCによる「カイロダービー」が世界的に有名である。
- 2011年の「アラブの春」ではサッカーファンが重要な役割を果たし、2012年にはポートサイドの悲劇も発生した。
- モハメド・サラー選手は国民的英雄であり、エジプトの希望の象徴となっている。
- エジプトはハンドボールのアフリカ強豪国であり、男子代表チームはアフリカ選手権で複数回優勝している。
- ハンドボール男子代表は、2019年世界選手権8位、東京五輪4位という歴史的快挙を達成した。
- エジプトはスカッシュの世界最強国として知られ、男女ともに世界ランキング上位を独占している。
- スカッシュの強さの理由は、名門クラブでのエリート教育、ピラミッド前での大会開催、国の支援体制にある。
- レスリングは古代からの伝統が現代にも受け継がれ、オリンピックで複数のメダルを獲得している。
- 2004年アテネ五輪では、レスリングのカラム・ガベル選手が金メダルを獲得した。
- ボクシングも人気があり、格闘技は精神力や規律を養うものとして社会的に評価されている。
- エジプトスポーツの強さは、古代からの誇り、身体能力、そして現代のスター選手の存在が融合した結果である。
エジプトのスポーツについて、新たな発見はありましたでしょうか。この記事が、あなたの知的好奇心を満たす一助となれば幸いです。

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